タイ新政権発足と投資家への影響
2025年8月29日、タイの憲法裁判所は、ペートンターン・シナワトラ首相(タクシン元首相の娘)を、カンボジアのフン・セン元首相との電話会話をめぐる倫理違反と判断を下し、解任しました。判決は9人の裁判官のうち6対3で下され、現職首相が任期途中で失職する異例の事態となりました。
これを受け、9月5日に下院で首相指名選挙が行われ、ブムチャイタイ党(タイ誇り党)党首 アヌティン・チャーンウィラクン氏 が311票を獲得し、第32代首相に選出されました。対抗候補はタクシン派「プアタイ党(タイ貢献党)」のチャイカセム・ニティシリ氏で、152票にとどまりました。
新政権の特徴
• 少数与党政権
アヌティン新政権は、自党のほか一部勢力の支持を得て成立しました。ただし主要な協力勢力である「人民党」は閣僚としては参加せず、外部からの支持に回るとしています。
• 選挙実施の約束
人民党との合意により、4か月以内に下院を解散し、総選挙を実施 することを約束しました。解散が実施されなければ、下院の任期満了である2027年5月に総選挙が行われます。
•憲法改革も視野
合意の中には、国民投票を伴う憲法改革の議論も含まれており、今後の焦点となります。
内閣人事(報道ベース)
アヌティン首相は「短期間で成果を上げる」ため、各省に精通した経験豊富な人材を登用する方針を示しています。報道ベースでは以下の人事が観測されています。
財務副首相兼財務大臣:エクニット・ニティタンプラパース氏
(元財務事務次官、国内多数の銀行監督、世界銀行上級顧問経験)
エネルギー大臣:アッタポン・ルックピブーン氏
(PTT元CEO・社長)
商務大臣:スパジー・スタムパン氏
(ホテル・デュシタニグループCEO)
外務大臣:シハサック・プアンゲートゲーオ氏
(元外務事務次官、日本・フランス駐在大使経験)
これらの布陣が実現すれば、経済・エネルギー・貿易・外交の各分野で即戦力の内閣 となり、短期間で成果を出して 政情不安や政策の不確実性により失いかけた投資家の信頼を回復・強化する狙い があるとみられます。
ただし、正式な閣僚名簿は王の承認待ちで、現時点では確定情報は限定的です。
政策の重点分野
1.経済・財政
1.光熱費・交通費負担の軽減
2.農家・低所得者の債務問題への対応
3.地方経済強化と投資誘致
→ 外資投資家にとっては「短期的な景気刺激」施策が中心になる見通し。
2.安全保障・外交
1.カンボジアとの国境紛争の平和解決
2.ASEAN域内協力の強化
→ 国境問題が再燃すると、観光・物流・工業団地投資への不安要素。
3.社会問題
1.麻薬密売、人身売買、オンライン詐欺の撲滅を強調
2.大麻政策の見直しが今後の焦点(アヌティン氏は大麻解禁の推進者)
為替動向(円安/バーツ高が投資家に与える影響)
•バーツの強さ:2025年に入り米ドルに対し約8%上昇。過去4年で最高水準(Reuters)
•資本流入が要因:株式・債券への外国資金流入がバーツ高を後押し。 (Reuters)
•輸出・観光業に逆風:輸出競争力低下、観光コスト上昇。 (Reuters)
•円安の影響:
o日本人 → タイでの購買力低下、投資コスト増
oタイ人 → 日本旅行や輸入品購入が割安に
展望
アヌティン新首相は、過去に保健相だったころ医療用大麻の合法化を主導した経歴があり、国民からは「現実的で実務型」と評価される一方、政治基盤の弱さや短期間での成果要求により、政権運営は不安定になるとの見方もあります。
「暫定的」「短命」となる可能性が高い一方、4か月以内に総選挙が行われるかどうか が最大の注目点です。
投資家にとっては:
CRCとしては、外資投資家・日本企業にとって 「今は慎重だが、中期的には回復力に期待できる局面」 と整理しています。
•短期:為替・株式はボラティリティ拡大 → 機会とリスク両方あり
•中期:選挙結果次第で政策の一貫性が担保されるかが重要
•長期:タイ市場の潜在力(人口、観光資源、地政学的位置付け)は変わらず